令和について思うこと

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令和について思うこと

令和について思うこと その1. 

2019年07月14日

和製漢語の話

 
漢字は、代表的な表意文字です。
“ないもの”を、“あるもの”で表す」ということが、自在に工夫出来ます。

極め付きは、熟語による造語です。漢字本来の表意する意味が、劇的に変化します。
ここでは、更に広範な認識や、より深遠な意味の付与も可能です。

そして、一度(ひとたび)造語仕上がれば、漢字語圏内では、直ちに新概念を広汎に共有し得ます。
翻訳が、煩(わずら)わしくてくどくどしい説明なしで、O.K.なのです。
“それをどのように発音するか” は、あとで、その国の母国語に従えばいいのです。
このことを最大に享受している国が日本と言えます。

バイカモ1

例えば、日本には古くから 平和 という概念はありましたが、最近まで的確な言葉はありませんでした。

そこで、
明治の初め、英語の ピース(peace) の翻訳に迫られた時、「和平」では不十分と考え、
ひっくり返して、「平和」という語を作ったそうです。

従来の「和平」とは、それまでの争い状態を、戦いのない状態に変える試みや、行動の方向性を指します。

一方「平和」という言葉は、平常 が戦いのない平安状態である ―― 人も家族も社会も、 そして自然も戦いの惨禍に脅かされない平穏な日常状態 を想定した言葉です。ピースをそのように理想化して理解した造語なのです。

このことは同時に漢字の、日本発の漢語圏への逆変質 の可能性も意味するでしょう。

バイカモ2
バイカモ(梅花藻)桜を連想させる植物には、“~さくら”が多いのに対して、梅からはバイと音読みの植物が多いようですね。

令和について思うこと その2

令和という言葉

令和の出典は天平2年(西暦730年)万葉集の梅花の歌三十二首の序文からだそうです。

大宰府長官の大伴旅人が400年前の 蘭亭の故事 を真似て、梅花をお題に和歌を詠む宴会を開き、そこに、更にその200年前(西暦130年頃)の 帰田賦 張りに寄せた序文です。 

だから和書からとは言え、過去の元号と同じく大いに漢籍に倣(なら)ったものです。

梅干し

しかもふたつの典拠に――翰苑はともかく、書聖の文化人 王義之の率意(そつい)のスケールや、先駆詩人で大科学者の張衡の気概の眩しさ―― に対峙すると、いささか後進三流国の気恥ずかしさすら覚えます。 

(注1.)

梅干し
梅干し;和歌山県は、梅干し生産が日本一です。
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万葉の時代、日本では、漢文に、“てにをは” による品詞と文法を挿入し、語尾も補い、漢字をそのまま 音読み で日本語の中に取り入れました。

令和という造語なら、“令して和す” と読めば、
それが良法ならば、和させし(令)む に近く、リーダーシップの優秀性を、
しかし悪法ならば、令すれど和す に近く、民度の高さを称(たた)える言葉だと言えるでしょう。

令和について思うこと その3

  について、

やがて、漢字を真名(まな)として尊重しつつ、漢字を母体にして、ふたつの仮名(かな) ―ひらがな と カタカナ ― を発明しました。

そして、日本語自体を変質させ、漢字を自由に操(あやつ)ることに成功しました。
こうして
“音による移植の不気味さ” から脱する事ができ、単語の理解は平易となりました。

日本語がより理知的になり、飛躍的に豊かになりました。
その下地となったのが万葉の時代です。

烏梅;ウバイ
烏梅(ウバイ) ; 梅未熟果実の燻製です。
古来の赤色、“紅花染め”の焙煎剤。漢方薬の原料生薬です。

令の典拠は、いずれも、形容詞の令 令月(れいげつ)です。
この令にかなでは、よき とふっています。

本来 令 とは、言葉や意向も含めて、天(てん)の発するものが字義でしょう。
天とは、いわば漢字語圏における 神の規範 のようなものです。
さて、

日本の歴史は、半ば以上、権威と権力を分けて考えています。令とは、 権威 の方に係わる修辞です。

だから、このよき(令き)は、好き嫌いのよきではなく、単に権力や権勢のみでは到底手にすることが出来ない、抗(あがら)うすべもない 気品や正義感 に趣(おもむき)を重ねるべきでしょう。

(注2.)

令和について思うこと その4

世界の“平和”の語源、
 について、

世界の平和の語源は、
ピースの語源についてローマ語圏では、ローマ神話の女神パクスだそうです。
パクス・ロマーナとは、“ローマの平和”です。圧倒的な超強大国のもたらす平和な秩序と言えます。

これが世界の 平和 の、現実的な原点かもしれません。だから、そこでは、民族、国、宗教、思想などによる、大きな平和のための小さな戦争 があり得ましょう。

つづく、、、

令和について思うことの(注)

(注1の1)

2019年08月07日

―天平二年正月十三日―
「于時 初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。」
――西暦に直せば、730年2月4日(ユリウス暦)または8日(グレゴリオ暦)――
時は初春の令月にして、氣淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かおら)す。

奈良県立 万葉文化館展示
奈良県立 万葉文化館展示人形

  冬至;新暦12月23日頃 北半球では1年で昼が最も短い日。そのあとは、、、
それでも、日中に太陽から受け取る暖かさは、夜間に失う放射熱より小さく、気温は下がり続けます。寒さのピークはおよそ1割ずれて、1月下旬になります。

宴のころ、、、まだひんやりと肌寒く、塵(ちり)は沈んで、大気は澄みます。そして、光は大地に春始動のエネルギーを貯めます。

初春はそんなうるわしい (麗しい;中西進先生のお言葉)時節です。

麗しさは、令月の大気を背景に2つのシークエンスを織り交ぜて表現されています。

1つは、御婦人が身繕(づくろ)いを整えて歩む場面であり、もう1つは、梅花と新芽です。そして、両者を『 さわやかな“空気”とその動き=“風” 』 が繋いでいます。

第1の場面では、梅花も「披(ひら)く」と記しています。
奥まった部屋の鏡の前のおしろいのふたを開けると、わくわくさせる白さが拡がるように、梅は、枝々に粉をまぶして花びらを綻(ほころ)ばせます。

さわやかな大気の中、開花映像を早送りで見るような躍動感です。

万葉文化館展示人形
同 万葉文化館展示人形

第2の対句の場面では、「珮後の香」「薫(くん)ずる」と形容しています。

御婦人が通り過ぎると、遠ざかる一足毎に鳴る帯玉(おびだま)の音が、匂い袋の残り香をその振動で後ろからなびかせるようにひびいている。

「薫」は燻を連想させます。蘭草:フジバカマは乾燥させなければ匂いはありません。

風は和(やわ)らかく、春草の新芽の沸き立つ香りを、かすかな煙のように薫(くゆ)らせる。

、、、、、、、、

いくつかのカットをフラッシュバックで描写したかのような表現です。

この細やかさ繊細さこそが和書 万葉集の真骨頂なのでしょう。

― その頃は、
空気は清々(すがすが)しく、梅は鏡の前のおしろいのように花びらをほころばせ、
風は(やわ)らかで、匂い袋の残り香が帯飾りの後ろからなびくように新芽の香りを薫(くゆ)らせる、、、そんな月でした。―

つづく、、、。

(追)
忘言一室之裏、 、、、」 
、、、「言いたいこともあろうが、それは部屋の片隅に打ちやっておいて、ここは大自然に溶け込んで、風情(ふぜい)を歌に満喫しよう。」 などと言っても、細やかな心情を自然に仮託すれば、たおやかでもあり、なにやら艶(なま)めかしいのも、万葉の心意気と感じます。

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