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肝炎、肝臓病と漢方薬の話 やくろう版

その1. 肝臓と漢方 の話 

肝臓、肝炎と漢方 の話 プロローグ

 ー5行説の "肝” の話 その1.-

2016年5月14日

肝臓に訴えるのは、なかなか、強持て(こわもて)です。
肝に直裁的なのは、普通、驚愕の第一印象です。
それが、いい方向なら、この上ない、好印象で、悪印象なら、怒りや嫌悪感を伴って、
共に、深く思い込ませられます。
それは、ごく近い人からすら、
「まだ、そんなふうに、思ってるの?、それは、昔のあの人ョ。」と、言われかねないほど強固です。

一見そうと思えないものを、いろんな事情から、半分 仕方なく、しかし、理性的には、
納得するべき事柄に対して、人は、安易に、
「 “肝(きも)に銘じます” 」 と答えるのですが、
人間というものは、よほど痛い目にあっても、実は、すぐに、忘れてしまいます。
胃はおろか、だいたい、食道あたりまでしか、届きにくいものです。
“喉(のど)元すぎれば、すぐ忘れる。”
それは、肝臓にとって、印象が、驚や怒の比ではないからです。

水辺の初夏、スイレン



だから、そんな時は、“臥薪嘗胆(がしんしょうたん)” と、時々、無理に思い起こさせ、
決意を新たにさせる必要があるのです。
そんな、大事な事を、そもそも、肝臓に任すほうが間違っているのでしょう。

こんな時は、多分、“脳裏に刻む”(理性に訴える)ほうが、うまくゆきます。
単なる記憶でなく、反芻(はんすう)を利かせるものであり、
その人の価値観やら、生き様(いきざま)の軽重も、含んでいるのでしょうから、、、。

肝臓は、“揺るぎ無い基準” を持っているのです。
それは、そのひと、そのひとに、固有の基準です。

50%,水辺の初夏、スイレン

肝の揺るぎ無い基準とは、
まず、
物質的な生命体としての、体内機能の維持管理であり、
臓器、器官の保守点検の基準です。

生命維持に関する、物質的な第一人者です。

そして、唯、その揺るぎ無い基準を、
徐々に移動させてゆくのは、
あなた次第、
あなたの、生き方(生活) なのです。

漢方でも、このような生理機能を象徴して
“肝” と名づけ、理解しようとしました。



漢方で、肝を象徴する感情は、怒りや、大満足感です。
基準に、合致するか、論外か』なのです。
やくろうは、そう思っています。

ホメオスタシス(体の恒常性)の話 その1.

2016年5月16日

G.D.P.(国内総生産)のような指標が 体にもあれば、
肝臓は、体の第1次、第2次産業部門の過半を担っています。

他の臓器は、自分自身の分は、ある程度できますが、肝臓は巨大で、不足分を一手に引き受け、
消費するより、はるかに 膨大なエネルギーを生産し、ほぼ、全身に、
燃料と、構成物の部品や、生理物質を供給します。

何処かで、何かが過不足すると、その信号を受けて、あるいは、その事を 悟って、融通します。

また、老廃物の処置の大半を工夫し、解毒、破棄の処理や、再構成するなりして、
体内物質のほとんどの変遷に深く関わっています。
ホメオスタシス(恒常性;体内環境の定常性維持)の最大功労者です。

水辺の初夏、イトトンボ

肝臓は、血液内容の最大の解析センターです。
血液成分を、
あなた固有の一定値内に保とうと努めています。

血液~肝細胞 は 物質の出入りが、
割合 自由なので、
血液内容を、解析判断して、代謝方向を
「ちょっと糖が少ないぞ、何とかしよう」
とか、
「脂肪類が、多そうだから、運搬車の追加だ」
というふうに、
これは、指令ではなく、まず、自分で判断、調節します。

例えば、高血糖の処理が、筋組織と違って、肝臓独自の基準が優先され、臓器に取り込むのが、
恐らく、ほとんど、インシュリンに左右されない、というのは、非常に合理的です。
( 筋肉は、インシュリン信号で、糖を、一時的に取り込んで、血中濃度を下げます。
 一方、肝臓のインシュリンに応ずる反応には、ワンクッションがあり、 
 あくまで、その時点の、あなたの基準内で、肝臓細胞内の
 “ 代謝の向きを、変化させる ” と、いうものです。   )

さもなければ全身は容易に、危険な、高、低血糖の嵐に巻き込まれるでしょう。
肝臓は、およそ5~10数分で、血流が一巡し、血液内容の把握も一巡することになります。
肝臓は、刻々と解析を続けています。

ホメオスタシス(体の恒常性)の話 その2.

2016年5月19日

肝臓は栄養素に分けられた食物を分解処理(異化)し、
2次部品に加工成型(同化)し直して、全身に供給しています。
( 注* 異化+同化=代謝 です。)

重厚長大型の超巨大企業のようですが、

水辺の初夏;モリアオガエル

内実は、器用な中小工場の集まりです。
つまり、
肝臓の細胞は、あまり分化していないでしょうが、

  • -古典的な、
  • -自立した、
  • -万能型の、
  • -生物らしい、
    細胞なのです。
    しかも、多細胞生物の一員として、全体における、完全な秩序、役割を、深く自覚しています。
    面倒見の良い、親分肌の、責任感溢れた細胞です。

肝臓は、空気に富んだ軽石のような構造で、
肝臓細胞群の間の、連続した空気穴を、血管、リンパ管などが貫通しています。

普通のベルトコンベアのように、1つの製品を作り出していく流れ作業と違い、
腸で消化吸収した食物や、全身で更新された後の 瓦礫(がれき)も含めた部品が運ばれると、
それぞれ肝細胞が、地震が 出来る範囲で抜き取り
分解したり、2次部品に加工、再成型し直しては、また血流などに戻します。
こうして、延々と、次に引き継いで行きます。
そんな、終わりのない 連続作業です。

また、半完成部品や中間体を、細胞内に仮保管もします。
だから、肝炎などで、小さな支流の1部が渋滞すると、その渋滞が拡がり、
遡(さかのぼ)って大きな支流、重篤なときは、本流まで影響を受けます。

逸脱(いつだつ)酵素の話

2016年5月23日

肝臓細胞では、おびただしい酵素が活躍しています。
そして、細胞が破壊されますと、それらの酵素が逸脱し、血管にあふれ出てきます。
その特定の 血中酵素量を測ることで、遂次、肝臓細胞の破壊 現況の指標となります。

GOTや、GPT は、アミノ酸中の窒素を、より簡単な化合物に、組み替え、尿として廃棄したり、
単純化して、再利用に資する途中に働く酵素です。
他臓器にも少量あり、細胞更新時に洩れるものもありますから、ゼロではなく、大体、3~40以下なら、健康です。

こうして、これらの血管に溢れ出た酵素は、現今の、“ 肝臓破壊の状況 ” を、
つまり、代表的には肝炎の “ 炎症の程度 ” を、即時的に数値で表します。

水辺の初夏;イモリたち

細胞毒、血液毒の話

2016年5月25日

肝臓は、脳と共に 体中で最大の臓器で、重さは1~1.5kgあり、
およそ、常時、体全体の20%近くの血液が、流れこんでいます。
そこで、漢方は、“肝は、血を貯蔵する、、” と、理解しました。

さて、細胞内容や、血液そのものは、生身(なまみ)の 普通の細胞にとって、
極めて毒性の強いものです。

組織では、組織の粘膜、血管壁や管壁、細胞単位では、細胞膜という堀の内側の問題である限り、
内と外を隔てる壁の それなりの防御で、大丈夫なのですが、ひとたび、堀の外に洩れると、凶暴性が発揮されます。

細胞が、外部からの毒素やウイルスによって、繰り返し破壊されたり、
免疫攻撃で、勢い余って、広範に、標的として、破壊してしまったり、
何か別の 炎症の結果、微量出血や、血流の渋滞、横溢(おういつ)がおこると、破壊された、さっきまで、仲間の一部だったはずの漏出した細胞内容や、渋滞した血液自体が脅威となり、
それらに接した、周辺の肝細胞が、新たに、変質、破壊されます。

ある時は、この細胞の変質を、免疫機構が、目ざとく観察し、排除すべき騒動の萌芽と認識して、
また、容赦ない攻撃を加えます。

水辺の初夏;イモリ

こうして、
2次災害で、また付近の細胞がやられ、
3次災害、4次災害、5次災害、、、
と、悪循環に陥り、
病域 炎症の拡大が続いてしまいます。

恐らく、慢性肝炎とは、
こんな経過が多いのでしょう。

これは、遠く 最下流部の胆嚢(たんのう)の結石によって、肝臓にまで及んだ、
単なる、胆汁逆流気味の渋滞だけが、引き起こす肝炎や、胆汁の凶暴性も同じです。
この場合は、始めから、何処にも、外部からの悪者など、居なかったのです。

生命とは、流れるような物質変遷の過程、生命体とは、絶えず、“流れ” ているものなのでしょう。
渋滞は、大いなる不都合です。

急性肝炎のように、急速、広範囲なほど、危険です。
劇症肝炎は、致命的なまでの、急速な肝臓細胞崩壊の連鎖、
あるいは、制御不能なまでの免疫機構の暴走とも言えるでしょう。

大事故は、最初の、ほんのささやかな手違いからも生じるものなのでしょう。

肝炎、肝臓病と漢方薬の話 その2. へ、、、。

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